ランドセルの歴史
江戸時代に幕府が洋式軍隊を導入する際に、
兵士の背嚢として輸入したもののオランダ語の呼び名「ランセル」(ransel)がなまって
「ランドセル」になったものだといわれます。
日清戦争、日露戦争などの間も、軍隊では同様のものが使われ続けました。
通学かばんとしての利用は、
明治に入って官立の模範小学校として開校した学習院で使われるようになり、
徐々に浸透して今のような形になったといわれます。
江戸時代に幕府が洋式軍隊を導入する際に、
兵士の背嚢として輸入したもののオランダ語の呼び名「ランセル」(ransel)がなまって
「ランドセル」になったものだといわれます。
日清戦争、日露戦争などの間も、軍隊では同様のものが使われ続けました。
通学かばんとしての利用は、
明治に入って官立の模範小学校として開校した学習院で使われるようになり、
徐々に浸透して今のような形になったといわれます。
1997年ごろに、タレントの篠原ともえが、ランドセルをファッションとして採り入れ、
彼女のスタイリングが一部の若者に受け入れられました。
また、都内の有名大学でもランドセルで通学する女子大生が出現しました。
アメリカでは女子大生が日本のランドセルを好んで使っていることもあるし、ロンドンやパリでも若い女性がファッションとして使っています。
ヨーロッパでは日本の独自グッズの中でランドセルはかなり人気のあるグッズで、これは素材の質の良さ、丈夫さ、背負ったときのシルエットのかわいらしさなどが理由と思われます。
また、日本国内でも、半被せタイプのランドセルは専門学校の女生徒の通学用や、一部のOLのファッションバッグとして使われ、中にはノートパソコンを持ち運ぶ鞄として好まれています。
これらは、ファッションの多様化により、ランドセルが小学生のみのものという考えに変化が見え始めたことになります。
ランドセルメーカーも多用途向けに製品を開発しており2005年ごろから、半被せランドセルのまちの部分の厚みを薄くした、「塾バッグ」と称するランドセルも販売されています。
高級な革素材で丈夫で長持ちする丁寧な仕上げ、子供用と大人用の背負い紐を交換して、長く使ってもらおうとするもの、イタリアのデザイナーによる大人のためにデザインされた半被せ型のランドセルなど、商品にバラエティが出てきました。ゴスロリのファッション・アイテムとしての利用や、子供を表現する場合のアイテムなどとしての利用があげられます。
素材は牛革が中心ですが、高級なものには馬革素材のものがあります。
また、最近では、軽さ、丈夫さ、手入れの簡単さなどの要望から、人工皮革のクラリーノ製が主流になりつつあります。
クラリーノは商標ですが廉価な人工皮革のように、すぐに表面が剥離するような粗悪なものではなく、高級な素材です。
価格も牛革製と比較して、安いものではありません。デザイン面では、従来からの学習院型以外にも、上蓋の半被せタイプの縦型や横型のものが、数年前から登場しています。
色は黒、赤が主流でしたが、「男子は黒、女子は赤」という既成的概念が崩れてきたためか、ピンク、茶、紺、緑、青、またそれ以外のカラフルな色、あるいはツートーンカラーのものも発売されています。
これらのカラーランドセルは、既に1960年ごろには存在しましたが、近年着実に需要を伸ばし、都会ではよく目にするようになりました。
また、一部の小学校では、指定のランドセルを使わせている学校もあり、男女とも黒や茶色のランドセルを指定していたり、ランドセルとリュックの中間的なスタイルの合成繊維製の背負いカバン(代表的なものに、京都府の長岡京市などで使われている「ランリック」や、北海道小樽市で使われている「ナップランド」など)を指定している学校もあります。
「天使のはね」クラリーノランドセル モスグリーン
おすすめ度 :
●現品約24×マチ18×30cm・ハコ約26×22.5×35.5cm・重量=約880g
●本体=人工皮革(クラリーノ)、背中・肩ベルト裏=牛革、雨カバー=ナイロン100%(撥水加工済)
●要所手縫い仕上げ
●6年間保証付