1339年(暦応2年)、京をうかがう南朝方に対抗するため、
北朝方の細川頼春が築いた城。
西に西国街道、東に久我畷、南に淀川の水運をうかがう要地であるため、
そののちも各勢力の争奪の舞台となる。
戦国時代には和泉細川氏の細川元常、続いて三好氏重臣岩成友通が城主となる。
1571年(元亀2年)、山城国西岡一帯を
織田信長より与えられ、城主となった細川藤孝(幽斎、元常の養子)は
二重の堀を持つ堅固な城に改修。
1582年(天正10年)、山崎の合戦では、
細川家の縁戚でもあった明智光秀の拠点となったが落城。
その後、淀城の築城に石材が使用されるなどして荒廃する。
江戸期に入って1633年(寛永10年)、永井直清が封ぜられ(山城長岡藩)、修築をおこなうが、
1649年(慶安2年)、摂津国高槻に転封されると同時に廃城となった。
京都/観光/旅行/寺/神社/舞妓/五重塔/祇園祭/大文字/義経/弁慶/新撰組/グルメ/土産/宿/ホテル/町屋/平家物語/歴史
