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2007年01月10日 20:58に投稿されたエントリーのページです。

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細川頼春が築いた城・・・勝竜寺城

 1339年(暦応2年)、京をうかがう南朝方に対抗するため、
                      北朝方の細川頼春が築いた城。

 西に西国街道、東に久我畷、南に淀川の水運をうかがう要地であるため、
                           そののちも各勢力の争奪の舞台となる。

       戦国時代には和泉細川氏の細川元常、続いて三好氏重臣岩成友通が城主となる。

 1571年(元亀2年)、山城国西岡一帯を
           織田信長より与えられ、城主となった細川藤孝(幽斎、元常の養子)は
                                     二重の堀を持つ堅固な城に改修。

 1582年(天正10年)、山崎の合戦では、
               細川家の縁戚でもあった明智光秀の拠点となったが落城。

                     その後、淀城の築城に石材が使用されるなどして荒廃する。

 江戸期に入って1633年(寛永10年)、永井直清が封ぜられ(山城長岡藩)、修築をおこなうが、
           
         1649年(慶安2年)、摂津国高槻に転封されると同時に廃城となった。

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