今から9年前、島根県益田市で
ストリートファッション「SHOW-YA」昭屋を営んでいました。
山陰の西に位置する人口5万の小さな田舎町です。
新品とリサイクル品を扱っていましたので、軽のワゴンに家族と商品を載せて
中国山脈を超え山口方面のフリマへ出店しに行ってました。
スーパーの店頭にも店を出していました。
市内(遠田)9号線沿いにあるJAのスーパーです。
新品と古着の両方を並べていましたが、意外と古着が売れていました。
若いコはいませんので、近所のおじさんやおばさん相手です。
商売は立地により売るものが変りますが、20代初めより店をやりファッションに
携わってきましたので何が売れるかはその場所に立てば、自ずと分かってきます。
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毎月第一日曜日、山口市で開催されるフリーマーケットは、
骨董・古着屋・業者・一般・飲食など300店あまりが出店している、
西日本最大のフリーマーケットです。
特に一般ブースでは、ブランド品(ストリート系・パンク)が安く出品されていました。
関東・関西の相場よりはかなり安いです。
その当時、店でリサイクル品を扱っていましたが、ストリート系のブランドやデニムに関して、
まったく知識がありませんでした。
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9年前、新聞に「ヤフーオークション出品募集」の広告が目に付きました。
以前からインターネットは少しやっていましたが、
「オークションとはどんなものだろう?」と思い、とりあえず、
出品してみる事に・・・・。
店にあった古着「パフィーのTシャツ」を500円で出品しました。
それがなんと7000円ぐらいで落札されてしまったのです。
「なんで~!!」
それで、これは店よりもオークションに出品すれば売れると・・・・・確信したのです。
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店によく来ていたお客さんがブランド物が好きで、
昭屋にある古着を良く買って行きました。
こちらはその頃、ストリート系はまったく知らなくて、お客さんから教えてもらったぐらいです。
・・ジーンズも赤ミミってなに?・・・
そのような状態でしたので、お客さんは随分安く買えて喜んでいましたね(笑)!
それからですね、雑誌なので勉強したのは・・・。
その後、フリマにいってもストリート系を中心に集めました。
その際、コピーかどうかは気を付けて見てました。
デニムは「LeVI'S」を主に集めました。
そして・・・「66」GET!・・・
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60年代にロックの洗礼を受けて今日まで40数年あまり激動の時代を生きぬいた
一人のハードロッカーの物語をボチボチ始めるよ!
洋楽を聞き始めたのが中学生の頃
フランスの歌手「シルビーバルタン」の「アイドルを探せ!」・・・フランス語のソフトな響きが
俺のハートを直撃した・・・・・・・・・・・シルビーがまたかわいかった!
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ある夜、ラジオを聞いていると、頭の脳を浄化するような音が流れてきた。
「イエスタデイー~」・・・なんだー???・・・メチャクチャ綺麗なサウンド。
これが俺の感性を変えた「ビートルズ」との出会いだった。
その頃ラジオのヒットチャートで一位を独占し始めた。
1962年に「ラヴミードゥー」でデビューし、1966年6月29日来日した時、高校3年だった俺は
テレビ中継を見るため、学校の期末テストを早く切り上げ、家に飛んで帰った。
テレビ(白黒)のスイッチを入れると、武道館のステージが映っていた。
観客席から「キャーキャ-」悲鳴に近いものが聞こえてくる。
前座に登場して来たのが、なんとあのコミックバンド ・・・
「ドリフターズ」だあー!
ビートルズの前座にドリフターズ????
ナンジャーこりゃー・・・・凄いことなのだろうか?ようわからん?
ようやく前座の演奏が終わり、待望のビートルズ演奏が始まった。
俺1人、テレビの前で歓声をあげ、画面に釘付けになった。
その時の音はどーだったと聞かれると、もうー歓声が凄くて演奏が良く聞こえない状態。
でもそれでもいいんだ。テレビの画面に映っているから・・・。
その時18歳・・・日本の音楽シーン・ファッション・文化が変り始める。
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あちこちから聞こえてくる、「テケテケテケ~」のギターサウンド。
全国のヤングをシビレさしたエレキギター。
その代表バンドが「ベンチャーズ」だ~!
毎年夏になると来日していたけど、今年は来たのかなー?
あの当時エレキギターを持っていると不良だど言われていた。
今では信じられないことだ。
俺の田舎にもベンチャーズのコピーバンドがあって、お祭りやイベントで活躍(?)している。
その時代、東京オリンピックが開催され、日本は高度成長期に入っていく。
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京都市役所前フリマは学生やOLファミリーの出店がすごく多く古着のリサイクル市場。
かわいいティーポット(未使用¥50)GET!で重宝しています。
帰りは河原町・寺町などでショッピングもOK。
近くに本能寺があるので織田信長の塚など歴史を感じる事ができ、観光もできます。
鴨川で散策しても癒しになるかも・京都いつも楽しんでます。
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地域密着でアットホーム、ヤングファミリーの出店が多いので子供服・リサイクル品・
プレステ3・DSゲーム・ソフトの中古品・骨董品等でおもしろい。
文化ホール・ショッピングモール・展示場・道の駅・花博公園等で
開催されることもありますので買い物や行楽もでき、ファミリーで京都楽しめます。
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徳山フリーマーケットは山口県徳山市にある西緑地公園で開催されています。
一般の出品が多くて掘り出し物が・・・安くゲットできます。
特に春(3・4月)は多くの若者が都会へ旅立って行くので、
多くの古着を処分するために出品します。
その中で随分いいものを安くゲットしました。
益田から車で山越えして行くのですが、冬は雪で大変でした。
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山口県長門市日置町の日本海に面した向津具(むかつく)半島付け根部の頂上(標高333m)に、
広さ約26,400平方mの草原が広がっているところが千畳敷です。
北側には日本海が一面に広がり、風光明媚な場所として近年注目されています。
その千畳敷でフリーマーケットが開かれています。
頂上に広がっている草原はまるで「ハイジの丘」のようであり、
眼下には日本海が広がりフリマには最高のロケーションです。
ただ風が強い時は出品物が強風で飛ばされてしまいますので、注意が必要です。
何度か、商品が飛ばされた事がありました。
また、半島の頂上部にあり、この一帯では常時強風が吹いているため、
中国電力をはじめとする風力発電用の風車が複数設置されています。
毎年夏にはマウンテンバイクの耐久レースが開催されていることでも知られています。
ペット連れも多く、交流の場にもなっています。
うさぎを2匹貰って帰りました。
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アメリカのライダースジャケットのルーツは、アメリカ先住民族自らのサバイバルのため、
自然の恵みを最大限に生かすことから生れた独自のレザー文化といえます。
1931年、ハーレーダビッドソンがシングルスタイルの「Leather Zipper Jackets」を発表。
1935年、シングルスタイル脇のアジャストベルトなど更に進化した
「Motorcyclists Sports Jackets」を発表。
これら(特に後者)が30年代を代表するライダースジャケットになりました。
1939年、ハーレーダビッドソンから今日のダブルと呼ばれるスタイルの原型にあたる
「AVIATOR STYLE」(アビエイター・スタイル)が発表されました。
5ポケット、ポケットへのジッパー採用など、現在に通ずるライダース・ジャケットの登場です!
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1959年に設立されたALPHA社は、米軍へフライトジャケットや上着を供給する
メーカーの中では、最大のシェアを誇る会社です。
設立当初は40人規模の小企業だったのですが、その品質と技術の高さは、
ALPHA社を業界トップへと成長させ、今までに4千万枚以上のジャケットを
出荷した程の大企業となりました。
機能・ファッション性を考えると、今でもアメリカンカジュアルにはなくてはならない
ブランドの1つです。
米空軍、海軍などで採用された実績を持つ実力派。
特にM-65、MA-1は歴史に残る大傑作!
歴史あるミリタリーウェアブランドとして世界中の多くのファンに語り継がれています。
ALPHAはこちらから!→
1903年にオービルとウイルバーのライト兄弟が手がけた「ライト・フライヤー」(飛行機)に
よって、人類は初めて空を飛んだ。
このとき着ていた衣類はシャツ1枚だったという。
やがてアメリカ陸軍が、初の米軍軍用機として「ライト・フライヤー」を購入、
戦闘機とフライトジャケットの歴史はここから始まった。
現在でも変らぬフライトジャケットの基本コンセプトは、
オープンコックピットの飛行機時代(1930年代)から変らない。
それは、冷たい空気が押し寄せる極寒状況の中で、狭いコックピット内部の
動きやすさを求める機能優先という考えだ。
そのため、戦闘機の進化とともに変化する飛行環境に対応するようなディテールが求められ、
さまざまなモデルチェンジを繰り返してきた。
とりわけ、航空技術の進化によるジェット化がエポックメイキングな出来事であった。
いままでの基本コンセプトに安全性への課題が加わったのだ。
これによって非常時に惨事を招く大型のボア襟がなくなり、完成型のMA-1へとつながった
航空技術の発達とともに進化した一例である。
ミリタリーはこちらから!→
吉田カバンはPORTERやLuggage LabelやHEAD PORTERのブランドの鞄を
生産している、日本の鞄屋。
1935年(昭和10年)に「吉田鞄製作所」が吉田吉蔵によって創業され、
1962年(昭和37年)に自社ブランドであるPORTERを立ち上げる。
1983年(昭和58年)にPORTERブランド定番となる「TANKER」シリーズを発表。
その翌年の1984年(昭和59年)に新しくLuggage Labelというブランドを立ち上げる。
他にも、藤原ヒロシプロデュースブランドのHEAD PORTERや一般的に取り扱っていない
吉田カバンを取り扱っているB印YOSHIDAやクラチカヨシダなどがある。
藤原ヒロシプロデュースブランドのHEAD PORTERはカバン以外にも
衣服(HEAD PORTER +PLUS)もプロデュースしている。
HEAD PORTERは原宿とニューヨークにある直営店と、原宿店での通信販売のみと
なっていて、他にも色々な製品と連鎖してPowerBookやiPod、VAIOなどと
コラボレーションしたバッグやケースも販売している。
吉田カバンはこちらから!→
ステューシーはボードシェイパーのショーン・ステューシーが仲間のために
デザインしたTシャツが始まり。
1980年、南カリフォルニアのラグナ・ビーチを拠点にサーフ・カルチャーからブランドをスタートし、
世界的に進出していった。
1990年、SOHOにNYCチャプトがオープンした後、次々と、東京、ロサンゼルス、ロンドン、
イタリアなどをメインにワールドワイドにプロダクションを展開していったステューシー。
STUSSYはこちらから!→
1994年ニューヨーク、マンハッタンにオープンしたSupreme(シュプリーム)。
シンプルで機能的な完成されたデザインを次々とリリースして
幅広い層から支持を受け絶大な人気を誇っている。
ニューヨークを代表するストリートブランド。
裏原系はこちらから!→
ヒステリックグラマーは1984年に設立しました。
デザイナーは「北村信彦」。
同年秋に初のコレクション、86年には原宿に直営店をオープン、
88年にはニューヨークに店舗を出す(後閉店)、
91年ロンドンで「Hysteric Glamour UK」の生産を開始するなど
さまざまなデザインやコンセプトを模索しながら成長していきました。
98年「Hysteric Glamour USA」を設立、99年香港にオンリーショップ設立、
と海外にも進出すると同時に国内にも続々と出店しています。
HYSはこちらから!→
Abercrombie&Fitch(アバクロンビー&フィッチ)は、日本未上陸ながら大人気の
アメリカンカジュアルブランドです。
ここアメリカのハリウッドではブラッド・ピット、ブリトニー・スピアーズ、マライア・キャリー、
またサッカーのスーパースターのベッカムや日本人ではキムタク、ダウンタウンの浜ちゃんや
浜崎あゆみなど数多くの有名人も愛用している大人気のブランドです。
アバクロンビの製品はやや使い込んだ味を出し
”Abercrombieビンテージ加工(アバクロウォッシュ)”がされています。
姉妹ブランドのサーフテイストが加味された「HOLLISTER(ホリスター)」や、
アバクロのワンランク上のカジュアルライン「EZRA FITCH(エズラフィッチ)」も展開している。
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スカジャンとは、サテン地のジャンパーに「虎」や「龍」や「鷹」など
日本の刺繍を施したジャンパー。
戦後、神奈川県横須賀に駐留していた米兵が着ていたジャンパーから
「横須賀ジャンパー」と言われました。
戦後の闇市に持ち込まれたパラシュートの生地「サテン」をジャンパーに仕上げ、
日本らしい刺繍を入れたものを、
帰国するアメリカ兵のおみやげとして売り出したのが始まりです。
スカジャンはこちらから!→