ジャニスを初めて聞いた年・・・1970年、彼女はこの世からいなくなった。
27才の若さだ。
ブルースを基盤とした彼女のロック・・生き方は・・・・
これからの人生をどう生きれば良いか教えてくれた。
1970年ビートルズの解散と同時に、ビートルズを卒業した。
もしそのままビートルズに浸っていたなら、現在の俺は存在しないだろう。
60年代後半、色々なミュージシャンがロックシーンをにぎわせてきた。
その中に1人の女性ヴォーカリストが俺のハートを直撃した。
ウッドストックにも出演していた、「ジャニス・ジョプリン」です。
彼女のロックもブルースをルーツにしたサウンドで心に響く強烈なヴォーカルが脳天を直撃した。
彼女の出現で女性観が変ってきました。
ウッドストックは1969年8月、アメリカ合衆国ニューヨーク州で30万~40万の若者を集めて三日間開催されました。
その映画を観た時、既存の社会には無い何かがあると思い、
ジミヘンがアメリカの国家「星条旗」を演奏する場面は、
その当時のアメリカに対してロックで訴えているように感じられました。
ストーンズのサウンドのルーツがブルースだとは、その当時思ってもみなかった。
ただカッコイー音だと単純に感じて聞いていた。
ビートルズとは違う、不良っぽいサウンドに酔いしれていた時、
アメリカで何十万も多くの若者を集めた、ロックフェスティバルが開かれたとニュースで知った。
・・・ウッドストックです!
ストーンズの映画「ギミーシェルダー」で衝撃的な場面を観た。
ライヴ会場を警備していたヘルスエンジェルスが・・・・・
・・・・・・観客の黒人青年をナイフで刺し殺した。
ヘルスエンジェルスは今でゆう暴走族の元祖、
と言っても日本のとはえらい違いで比べ物にならない。
そんな彼等がストーンズの警備をしていたのだから・・・。
ビートルズは真面目?なグループならば、
ストーンズは悪ガキの集まり・・・!
ブルージーな音を出すストーンズに徐々に惹かれていった。
渋谷の映画館で観た・・・「イージーライダー」
ドロップアウトしたアメリカン・ヒッピーがチョッパーのバイクにまたがり、
西部劇さながら、砂漠のど真ん中を「ステッペン・ウルフ」が歌う
「ボーントービーワイルド」にノセテ突っ走る場面は、
自分がバイクに乗っているようで、気持ちイイ~!
この頃から、ヒッピーって・・・何?・・心の中に思うようになってきた。
サイモンとガーファンクルが歌っていた「サウンド・オヴ・サイレンス」が好きで、
吉祥寺の南口にあった(今は無いかな?)映画館に「卒業」を観に行った。
館内は立ち見が出るほど満席・・・
皆も知ってるように、最後、結婚式で好きな女を奪って行くストリー・・・こんなのアリ?・・
でも音楽がピッタリハマっているから・・サウンドでかなり救われている感じ!
この頃から映画にイイ音楽が使われるようになったね。
・・ニューシネマとか言っていたな~
60年代後半はまだ歌謡曲全盛の時代で、
R&Bなんてとんでもない時代だった。
そのような時、聞きやすい曲がラジオから流れてきたんだ・・・
「ドック・オブ・ザ・ベイ」・・誰が歌っているんだ?・・黒人歌手のオーティスレディングです。
心に響く暖かい歌声・・・なんか・・ジーンときたよ。
以前、ジミヘンの「紫の煙り」を聞いたときとは違う・・・
何かがその歌声の底に潜んでいる?・・・なんだ?その時はまだ分からなかった。
下宿の近くに成蹊大があり、
秋の大学祭に行って見ると何やら「ドンチャ・ドンチャ」とにぎやかな音が聞こえて来た。
「月光仮面のおじさんは~」と歌っていたのは「モップス」だった。
ヴォーカルが「鈴木ヒロミツ」・・そうです・・・ドラマとかに出ている・あのおじさんです。
世の中、スパイダースやテンプターズなどのグループサウンズが日本の歌謡界に出始めていた。
その中で気に入っていたのが・・・ゴールデンカップス
・・他のグループが歌謡曲っぽかったのに比べ、サウンドが違っていた。
彼等の音の根底にあるのが、R&B(リズム&ブルース)だったのだ。