山科にある京都薬科大グラウンドの一角に「血洗池(ちあらいいけ)」と呼ばれている池があります。
その昔、牛若丸(源義経の幼名)が京都から奥州に向かう途中、この付近で盗賊に襲われ、盗賊を切り倒しました。その刀を洗ったのが血洗池で、その池の傍にある四角い石に腰掛けてしばし休憩したのだと言われています。この石が「義経の腰掛石」として保存されています。
血洗池には別の伝承もあります。牛若丸は盗賊に襲われたのではなく、蹴上ですれちがった平家の侍関原与一に水を蹴り上げられたことに怒り、一党を切り捨て、その刀を洗ったのだという説です。
他の説は、木曽義仲が義経に敗れ大津へ落ちゆく途中で、巴御前とともに血で塗れた刀を洗ったという説があります。
はっきりしたことはわかりませんが、ともかく血洗池がそこにあることは事実です。わずかに残された池は、現在に残る「血洗町」の町名の由来を語ります。
★「義経も腰掛石」は、地下鉄東西線御陵駅から徒歩約10分。<地図>