京都府南丹市のほぼ中心部の園部町美園町に、標高約50メートルの小高い山がそびえています。昔、子供を背負った若者が朝、夕二回、鐘を突く姿が見られたことから、いつしかその山は鐘撞山と呼ばれるようになりました。
伝説によりますと園部町が寂しい寒村だったころ、山のふもとに気だての優しい若者が年老いた母親と一緒に暮らしていました。
ある夜、一人の若い娘が宿を求めて訪ねてきました。身寄りのないことを知った二人は、引き止め、娘も恩返しに心から母子に仕えました。まもなくかわいい子どもが産まれました。ある日、若者がいつものように帰宅すると、その日だけ妻の出迎えがありません。部屋を覗くと中にいたのは大蛇でした。
妻は「本当は山にすむ大蛇です。あなたに尽くそうと人間に化けていましたが、正体を隠すのを忘れて眠ってしまいました。」と打ち明けました。そして「山に戻ります。ただ岩穴の入り口を農家の人が壊す計画があるので、昼夜が分かるよう、朝、夕、鐘を突いてください」と泣いて戻って行きました。
その後、言われた通り、毎日、鐘を突き続けたといわれています。
園部藩主・小出英貞公が1731年、ふもとにある南陽寺に釣り鐘を寄進したとされてます。同寺では現在も毎日、午前六時、同十一時、午後六時の三回、鐘を鳴らし、時を伝えています。
★JR山陰線園部駅から徒歩約15分<地図>